【外国人技能実習生への日本語教育】別れの合言葉は「また日本で会いましょう」




ニュースで多く取り上げられ、そして明らかに周りでも働いている人を目にするようになり、多くの人に「外国人技能実習生」という言葉が浸透してきています。

私は日本語講師として働いていますが、一般的な日本語学校ではなく、私が教える相手は全員外国人技能実習生として日本に来た子たちです。

その子達は日本に来てすぐ企業で働かず、日本語教育や日本の生活、習慣について学びます。もともと母国でも数ヶ月は日本語を勉強していますが、日本の生活に慣れるためにも1ヶ月研修します。それから企業に送り出すので、私が深く関われるのは、日本に来た最初の1ヶ月間です。

今回3ヶ月行ったベトナムのセンターでは、実習生として日本で働くことが決まっている子たちへ、日本語を教えました。ベトナムのセンターにいる実習生の8割は鹿児島で働きます。その子達は日本に来たらまず私が働いている鹿児島のセンターで、日本語を学びます。

なので、ベトナムで教えた子たちとは大体の子とまた会うことができるのです。さらに、今回は実習生の面接にも携わりました。面接の後は家庭訪問もし、その子の両親や兄弟、親戚、近所の人にも会いました。それぞれの思いを聞くたびに、「この子達を日本で絶対に不幸にしてはいけない」という思いが強くなり、短期間とはいえ関わる責任を感じました。

家庭訪問の際、ご馳走でもてなしてくれました

面接をした子は数日以内にベトナムのセンターに入ったので、ベトナムではその子達にも日本語を教えました。さらに、日本語を勉強して数ヶ月後に鹿児島へ来ます。

ベトナムを発つ時「寂しいですね」と言うみんなに「また日本で会いましょう」と言いました。

数ヶ月後、今よりももっと日本語が上手になったみんなとまた会える。

それが今から楽しみでなりません。ベトナムにいた3ヶ月の間でも、みんなの成長のスピードに驚かされました。

先週は一緒にご飯を食べる時に「お腹が空きました」「お腹がいっぱいです」が言えなかったのに、翌週は言えるようになる。さらに次の週は「先生、今晩一緒にご飯を食べませんか?」と誘えるようになる。

母国語やジェスチャーが減り、日本語で表現できるようになってくる。私(日本人)と話したいから、新しく習った文法で使える表現がないか探す…その変化を感じられることが、ただただ楽しくて仕方がありませんでした。

「私にできることってなんだろう」

教育分野に興味がある。外国人と触れ合いたい。ベトナムが好き。
その動機だけでこの仕事を始めた私にとって、ずっと悩んでいたことでした。

でも、3ヶ月彼らの母国に身を置いてみて、ぼやっとしていた視界が少し開けました。
外国で「外国人」として生活するということ。注文したいものが分からない。その仕方も分からない。マナーが違えば煙たがられる。道を歩いているだけ、買い物をしているだけなのに、チラチラ見られる。最初は外に出るにも緊張する。

ベトナムだから、じゃなく、外国人なら誰もが直面することだと思います。その状況の中で、彼らは働きながら、生きていきます。

教えなければいけないことは何か、何が求められているか。

良くも悪くも注目されている「外国人技能実習生」。この子たちが仕事を終え国に帰る時に「大変だったけど、日本に来てよかった」「日本にまた来たい」と思ってくれるように…

模索の日々は続きます。